【頂上決戦 最終話】
不定期ではあるが、おやつの時間がやってくることがある。時間は大抵午後3時をすぎた頃だ。
普段はカニ風味のスティックやチキン味のボールなどがもらえる。しかし、最高の至福は、なんといってもチュールをもらったときだろう。
ぼくは、どこでくつろいでいようとも、風に乗って漂ってくるその香りを、瞬時に嗅ぎ分けることができる。そして、気が付いたら我を忘れ、本能のままに走り出すのだった。
ジェル状の食感、鼻に抜ける風味、まさにぼくの好みの集大成といっていい。スティックの先からチョロチョロと少量しか出てこないことに苛立ち、その外装ごと破ってやろうと噛み付くことも日常茶飯事だ。
今日も同様にチュールを平らげた。その瞬間、ぼくの脳内にスパークが起こった。
衝撃的な閃きのおかげで、ようやく我が家の序列問題について解決できそうだ。そう思うと、胸中に安堵が広がった。
体重の一件が彷彿とされる。
体重計は、番号の1から順に、個人の身長や体重、年齢などを記録し、体重の変動が確認できる仕様になっているらしかった。
つまり、この家でもっとも偉い者は、当然1番に登録するに違いない。ならば、体重計を確認すれば、答えは自ずと見つかるはずだ。
ぼくはラキちゃんにこのことを伝えた。
彼女は珍しく感心したように目を丸くし、ぼくの後ろについてきた。目指すはもちろん体重計だ。
いつもアイちゃんは、一番左のボタンを押して体重計に乗っている。どのボタンが電源ボタンであるかはすぐに推測できた。
表示盤にONという文字があらわれ、その次に1から3の数字が点滅した。どうやら、登録情報は3つあるらしい。
早速1番を選ぼうと思ったが、悩んだ時間に比してこれほどまであっさりと回答を得るのも納得がいかず、まずは3番から確認することにした。
表示された数字は、65.3。なるほど、これはロン君のものに違いない。
次に2番を押してみた。
表示されたのは、50.6。よしよし、これはアイちゃんか。
「これで、アイちゃんの方が上なのがわかったね」
充足感を抱きながらぼくは言った。
「うーん、2番と3番で優劣が決まるっていうのはどうなのかな」
釈然としなさそうに、ラキちゃんは首を捻った。
「でも、2番の方が上なのは確かでしょ」
「必ずしもそうとはいいきれないよ。ほら、会社でも社長1人に副社長2人とかあるし」
「副社長でも、先に出てきた方が上なんじゃないの?」
「そうとも限らないでしょ。この前テレビでやっていた会社でもさ、城島君はいいとして、国分君と松岡君のどちらが上かなんて決められないでしょ」
彼女の例えはよくわからなかったが、とりあえず城島君が社長であることはわかった。
「わかったよ。それなら2番と3番じゃ優劣がつかないってことだ。つまり、1番に誰が登録されているかが重要ってことだよね」
「まあ、そうなるね」
「それなら、早速みてみよう」
1番を選択する肉球が、緊張で震えた。
おそるおそるボタンを押した。
表示されたのは、55.0という数字だった。
「な、何だこれ」
「55キロジャストだね」
予想外の展開に、あらゆる思考が脳内でぐるぐると回った。
アイちゃんが55キロだとすればもっと太って見えるはずだし、ロン君が55キロであればもっと痩せて見えるはずだ。
「合理的に考えるとしたら、我が家にはもうひとり、55キロの住人がいるってこと?」
「短絡的に察すれば、そういうことになるね」
タンラクテキという言葉の意味がわからなかったが、話の流れから推測すると、彼女も危険を感じているということだろうか。ぼくたちに気配すら感じさせない影の支配者が、我が家に存在する。ぼくたちは、知らず知らずのうちに、姿の見えない魔王の城で生活していたのかもしれない。
やはり、ラキちゃんのうんちは隠しておいて正解だった。魔王がいつぼくたちの痕跡に激怒し、急襲してくるかわかったものでない。
「ラキちゃんどうしよう」
我ながら情けない声が出た。
「うーん、55キロねえ。そういえばさ、先月しあって体重何キロだった?」
質問の意図がよくわからなかった。
ぼくたちは毎月1日に体重を測ってもらうのが恒例だ。先程みた2番と3番の体重の記録日も1日になっていたから、しっかりと記録を残して測るのは毎月1日というルールなのかもしれない。
しかし、このタイミングで切り出す内容だとはとても思えない。
ぼくの不安を払拭するために、話題を変えようとしたラキちゃんの優しさだろう。これがいわゆるツンデレというやつか。なるほど、悪くはない。
「先月は、4.4キロだったよ」
ぼくは素直に答えた。
「ああ、だから55キロなのか」
ラキちゃんは訳知り顔で頷いた。
そして、何事もなかったようにトイレに向かうと、そこで堂々とうんちをした。もちろん、隠すことはしなかった。
「ラキちゃん、隠さないと魔王に襲われるかもよ」
ラキちゃんはぼくを一瞥すると、ふっと鼻を鳴らした。
「確かにね。でもあたしは魔王が来てもやっつけるから大丈夫。怖いならしあが隠しておいてよ」
ラキちゃんの度胸は凄まじい。
そんなことを考えながら、ぼくは丁寧に砂をかけた。


