【頂上決戦 3】
19時。
待ち焦がれた餌の時間がやってきた。
それにしても、とぼくは思う。
飼い主たちは朝昼晩と3食食べているのに、なぜぼくらは朝晩の2回なのだろうか。しかも、たいていは朝と全く同じ味だ。
空腹は最高のスパイスとはよく言ったもので、食べている間は無我夢中なのだが、食事を終えると毎回冷静な感情に支配されるのだ。
一応の満腹を抱えながら、ダイニングテーブルで身体を横にした。テレビでは、料理を主体にしたバラエティ番組が流れている。
若手のお笑い芸人が、大好物のカレーならば3食続いても問題ないと、まことしやかに語っている。ぼくが同じ立場なら、せめて味変くらいはしたい。
そんな不満を表に出して飼い主に嫌われないように、ぼくはいつもどおり毛繕いをして気を紛らわせていた。
アイちゃんとロン君の中では、ぼくたちに餌を与えると、どちらかが入浴するというルーティーンが確立されているようだった。
そこでも、彼らはぼくの疑問をより深める行動をとるのだった。
「どうしてうちの飼い主たちは一緒にお風呂に入らないの?」
同じようにダイニングテーブルの上で毛繕いをするラキちゃんに訊いてみた。肉球を舐めては念入りに顔まわりをケアしている。その毛繕いが終わるまでの間、ぼくは静かに回答を待っていた。
ぼくは聞き上手なので、会話に多少無視の間合いが生じても特段気にしないようにしている。あまりの大人すぎる佇まいに、ラキちゃんが失神してしまったらどうしよう。
「そりゃ見られたくない何かがあるんでしょ」
さすがに失神はしなかったようだ。
「背中に龍の刺青とか?」
「そんなあからさまじゃなくてさ」
「でもカップルなら、ちょっとしたコンプレックスなんて気にせずに一緒に入るんじゃない?」
「必ずしもそうだとは言えないでしょ。ほら、多様化だよ多様化」
何の多様化か明示しなかった過失を指摘する代わりに、ぼくは唸った。
そんなぼくの心境など意に介さず、ラキちゃんは洗面所にある猫用トイレに向かった。食事の後に彼女がトイレに行くということは、つまり、ぼくの出番だ。
ラキちゃんは、うんちをしても一切砂で隠そうとしない。本能的に自分の痕跡を残したくないぼくとは対照的だ。彼女は賢いのか、この場に天敵が存在しないことを熟知している。だから、わざわざ隠そうとはしないのだろう。
だが心配性のぼくは、もしもの可能性を否定することができなかった。
なので、最近ではぼくが彼女のうんちに砂をかけて綺麗に隠している。
ラキちゃんはそんなぼくを見て、「うんこ隠し名人だね」と笑った。
名人なんて言われとても嬉しかったので、ぼくはより一層丁寧に隠すようにしている。綺麗なトイレを共有できれば、きっとラキちゃんも喜んでくれるに違いない。
共有といえば、さらに気になることがある。その光景は、飼い主の食事の席で発見した。コップ問題とぼくは名付けている。
特にロン君は、お互いのコップに口をつける、いわゆる回し飲みを嫌っていた。もしもカップルならば、コップを共有することぐらい気にしないのではないだろうか。
「変わってるよね?」
ぼくの水差しからガブガブ水を飲んでいるラキちゃんに訊いてみた。
「ちょっと違和感はあるかもね。でも単純に潔癖性なだけの可能性もあるよ。よし、ここはあたしが謎を解明する」
そういって彼女はダイニングテーブルの上に飛び乗った。
ロン君のコップまで近づき、飲み口あたりの匂いを嗅ぐ仕草をした。潔癖ならば当然嫌がるはずだ。
だがロン君は、みるみると顔を綻ばせた。
「可愛いでちゅね。これ飲みたいんでちゅか?」
どうやら、ロン君は潔癖というわけではなさそうだったので、謎はより深まる形となった。
加えて、ずっと思ってたが、なぜ彼はすぐ赤ちゃん言葉を使うのだろうか。
人間の年齢に換算すれば、ぼくはすぐに飼い主の年齢なんか追い越してやるのに。
そしたら、ぼくの方が目上になるから、同様の場面でも敬語を使ってくれるのだろうか。
「とても美しいですね。これ、お召し上がりになりますか?」
くるしゅうないぞ、そんな台詞を念のために口の中で練習した。
